公的年金のほか個人年金保険に加入していたとしても、老後資金の心配は消えません。老後の年金額によっては、貯蓄を取り崩す必要があります。とくに住宅関連はリフォームや修繕、住み替えとまとまった金額が出ていく機会が多く、高齢者にとっては手痛い出費です。高齢者の住宅金融ニーズにとって、リバースモーゲージは心強い味方になります。高齢者の住宅金融ニーズを解説し、リバースモーゲージの仕組みやリスクをご案内します。
自宅の購入やリフォームなど、住宅の取得や修繕のために金融機関の融資を受けることを、住宅金融といいます。高齢者の住宅金融ニーズには、主に「住宅ローンの借り換え」「リフォーム」「住み替え」の3つがあると考えられます。
一つめの「住宅ローンの借り換え」は、現役で働いていた頃であれば楽に返せていた住宅ローンが、年金暮らしになったことにより重い負担となることからニーズが発生します。それまでよりも月々の負担を軽くするために、より返済負担の軽いローンへ借り換えます。
「リフォーム」の多くは、バリアフリー化へのニーズです。階段に手すりをつける、玄関にスロープをつけるなどのバリアフリー化は要支援認定を受けたときから補助金が出ますが、ケガ防止のためにも介護が始まる前から対策しておきたいものです。また、居住空間の段差を全てなくすような大々的なバリアフリーには、まとまったお金がかかります。
フィナンシャルドゥの調査によると、自宅を担保に融資を受けるリバースモーゲージを利用しているシニア層に資金用途を尋ねたところ「借換資金」「不動産購入資金」「建築・リフォーム資金」と答えた人の割合は合わせて44%に上りました。
リバースモーゲージはシニア層を対象とした融資システムです。もしかしたら、老後の生活費を補填するために利用するというイメージがあるかもしれません。生活資金として利用する方が43%と、大きな割合を占めているのは事実ですが、一方で住宅金融の選択肢として利用している方も、同じくらいいるのです。
リバースモーゲージとはなんなのか、初めてこの用語を目にした方のために、その仕組みやメリットを解説します。
リバースモーゲージとは、自分が今住んでいる家などの不動産を担保に金融機関からお金を借り、老後資金やリフォームなどの住宅費用に充てられる融資の仕組みです。対象年齢は金融機関によって違いますが、おおむね50代以上のシニア層が対象となります。
リバースモーゲージの多くは具体的な返済期限を設けていません。契約者の生存中は借入額の利息のみを返済し、契約者がお亡くなりになってから、担保となっていた自宅を売却するなどの方法で元金を返済します。元金を返済するのは、相続人です。
リバースモーゲージは、契約者がお亡くなりになってから担保となっていた自宅を売却するなどして元金を返済します。よって、契約者は住み慣れた自宅に生涯住み続けられます。
契約者の生存中は、借入金の利息だけを返済するため、元金部分の負担がありません。利息と元金を合わせて返済し続けるよりも、月々の返済負担が軽くなります。年金暮らしの高齢層にとっては嬉しい話です。
相続人に家を継ぐ意思がない場合、その家に住む人が亡くなったら空き家と化します。空き家の管理は大変で、定期的に通って風を通したり庭の草を抜いたりといった手入れをしないと、あっという間に家が荒れてしまいます。
リバースモーゲージを活用するということは、生きているうちに「亡くなった後の家の売却先」を決めておくことなので、相続人の負担が軽減されます。
リバースモーゲージには、次の3つのリスクがあります。メリットとリスクをしっかり知った上で、検討する必要があります。
リバースモーゲージでは、一括でまとまった金額を借りることもできますが、年金のように月々同じ金額を借りることも可能です。しかし年金形式でお金を借りると、想定よりも長生きしたときに融資極度額(融資の限度となる金額)に達し、以降はお金が借りられなくなるかもしれません。
すると高齢ですでに働けるような状態ではないのに融資が打ち切られ、家計が厳しくなってしまいます。長生きリスクを回避できるよう、年金形式で借りるときは必要最低限の金額とすることが大事です。
リバースモーゲージでは、不動産の価値が定期的に審査し直されます。再審査の結果、不動産の評価が下がってしまうと、融資極度額にも影響する可能性があります。年金形式で借り入れを行っている人なら、利用できる残りの月数が減ってしまうかもしれません。また、すでに融資極度額まで借り入れを行っている人は、自宅を売却しても元金を返済できないかもしれません。
リバースモーゲージのほとんどが、変動金利制を採用しています。変動金利制では、世の中の金利の動きに合わせて金利が上下します。金利は利息に影響するため、もし今後、金利が急に上昇したら、月々の返済額がアップするかもしれません。
これまで説明したリスクがありながらも、メリットの面で、リバースモーゲージは高齢者の金融ニーズに対して有効です。その理由は、以下の3つです。
住宅ローンを含む一般的なローンは、利息と元金を組み合わせて返済します。しかし、リバースモーゲージでは、生前の返済は利息のみです。住宅ローンを利用してそのまま返済をしていくよりも、存命中の負担は軽くなります。定年後、収入が少なくなるシニア層にとっては大きなメリットです。
ただ、住宅ローンからリバースモーゲージに借り換えると、団体信用生命保険(団信)が使えなくなるため注意しましょう。団信は、契約者がお亡くなりになるか高度障害になったときに、残りの返済を家族が負担しなくて良い保険です。リバースモーゲージでは、契約者がお亡くなりになったら、担保となっていた住宅を売却するなどの形で完済します。
バリアフリーのためリフォームしたくても、自己資金が足りなければできません。唯一の財産が「自宅」だとして、自宅を手放してしまえばリフォームはできません。バリアフリーを希望する人は、このような悩ましい状態に陥ることがあります。
リバースモーゲージであれば、自宅を担保にしてお金を借りても、自宅を手放さないままでいられるため、リフォームが可能です。「せっかくリフォームした家が他の人の手に渡るのは惜しい」と相続人が考えを変えたときには、家を売却せず自己資金で元金を返済することもできます。
老人ホームの入居一時金などのために家を売却すると、戻れる我が家を失ってしまいます。次の住まいとなる施設は手狭なケースが多いため、家財のほとんどを手放さなければならない人はたくさんいるでしょう。後戻りできない住み替えとなってしまいます。
リバースモーゲージなら、契約者がお亡くなりになるまでは、家の名義は契約者のままです。つまり、家財をそのまま置いていてもいいし、施設が肌に合わないと感じたらいつでも自宅に戻れます。我が家が懐かしくなったら一時帰宅する、リフレッシュ先として使ってもいいでしょう。
これまで見てきたように、リバースモーゲージは住宅のことに悩むシニア層にぴったりの融資といえます。しかし日本ではまだまだ浸透していません。一方で、米国では認知度が高く、最も利用されているHECMというリバースモーゲージにおいては、ピーク時の2009年会計年度には年間約11.4万件の契約がありました。(※1)。
HECMは、米国の住宅都市開発省が主体となって実施しているリバースモーゲージの制度です。なぜHECMは多く利用されているのでしょうか。国立国会図書館の調査によると、HECMの特徴は以下の6つであり、特徴から非常に魅力のある商品であることが分かります。
なぜこういった特徴が可能なのでしょうか。特徴の詳細と、それが可能になっている背景は、以下の通りです。
リバースモーゲージの最大のリスクは担保割れ(担保となった自宅を売却しても元金の返済ができないこと)ですが、HECMはこのリスクをFHA(連邦住宅庁)が設けた保険でカバーしています。担保割れでも金融機関に損失補償が行われ、利用者には継続居住が保証されます。なお、金融機関に財政上の問題が生じてもFHAがカバーします。
この保険のおかげで、担保割れしても相続人が残債を支払う義務を負わないノンリコース型、終身年金型融資の選択、期中無返済が実現できています。
日本のリバースモーゲージでもノンリコース型を選択できますが、金利が高くなるなど条件が悪くなるデメリットがあります。
ローン債権が証券化され、さらに投資家が証券を購入しやすくするように、政府抵当金庫が証券の元利払いを保証することで金融機関の資金調達を行いやすくしています。
木材住宅が中心である日本の一軒家と違い、米国の一軒家は年数が経っても劣化しにくい堅牢なつくりをしています。よって建物部分も担保評価に含まれます。ただし、契約者には家を良い状態に保っておくことが求められます。
なお、コンドミニアム(日本でいうところのマンション)も担保の対象にできます。日本でも、マンションを対象とするリバースモーゲージはありますが、都市部の利便性の高い土地などに限られます。
高齢者が利用の是非を的確に判断できるよう、カウンセラーからカウンセリングを受けることが必須になっています。
以上のように、米国のリバースモーゲージは政府が用意した保険や債権化の仕組みによってより利用しやすい制度になっているといえるでしょう。日本のリバースモーゲージにも、もっと利用しやすい仕組みがあれば発展していく余地があります。
(※)1含めこの章の参考文献:リバースモーゲージの現状と課題(国立国会図書館、2015)
リバースモーゲージは、シニア層の住宅金融ニーズにじゅうぶん応えられる商品です。契約者が亡くなられた際は、相続人の意思を確認し、円滑に返済を進める必要があります。
家族との合意形成が将来的な相続問題において重要なポイントとなるため、安心して老後を迎えるためにも、リバースモーゲージの利用を検討する際は、まず相続人とよく話し合いましょう。