従業員として会社に雇用されると、厚生年金保険に加入し、原則65歳以上になれば老齢厚生年金がもらえます。ただし65歳になる前に退職しハローワークへ通った場合、年金と失業保険が同時に利用できないケースもあるため注意が必要です。年金と高齢者の働き方に関連する給付との関係や、調整の仕組み、手続き内容、注意点について解説します。「仕事を辞めようか、求職して続けようか」と悩んでいる方はぜひ参考にしてください。
まずは、老齢厚生年金と失業給付との関係について解説します。
老齢厚生年金は、原則として65歳以上の高齢者であり、かつ企業で働いていたことがあるなどで厚生年金保険に加入していた人が受給できる年金です。一方、失業給付は、雇用保険における失業保険の給付金であり、20歳以上65歳未満の失業者が受給できます。よって通常なら、年齢の条件により、老齢厚生年金と失業給付を同時に受けることはありません。
ただ、厚生年金制度には「特別支給の老齢厚生年金」という年金制度があります。1961年4月1日(女性は1966年4月1日)以前生まれで、年金の加入期間等が条件を満たしている場合に、60歳から65歳になるまでの間に受け取ることができる老齢厚生年金です。
なお、公的年金には繰り上げ受給の制度があり、希望すれば60歳から65歳になるまでの間に繰り上げて受け取ることができます。
しかし、特別支給の老齢厚生年金を受け取っていたり、年金の繰り上げ受給を行っていたりする場合、失業給付と同時に年金の受給はできません。失業給付を受け取っている間は、年金が支給停止になります。
ハローワークで求職の申し込みをすると、翌月から失業給付の受給期間が終了するまでの間、年金が全額支給停止となります。なお、失業給付を受けていない月がある場合でも、年金の支払いは通常3ヶ月程度遅れるため注意が必要です。
実際には支給停止の手続き等の関係で、失業給付を受給している期間と、年金の支払われる期間には少しのズレがあります。以下に例を挙げました。参考にしてください。
月 |
4月 |
5月 |
6月 |
7月 |
8月 |
9月 |
10月 |
11月 |
12月 |
1月 |
2月 |
3月 |
失業給付 |
求職申込 |
失業給付受給期間 |
||||||||||
年金給付 |
支給 |
年金は全額支給停止 |
支給 |
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年金の支払月 |
4月分 |
10、11月分 |
12、1月分 |
失業給付を受給した日が1日でもある場合は、その月の年金が全額停止されてしまうため、必要以上に停止されないよう精算が行われることがあります。この精算が行われるのは、失業給付の受給期間が終わった後です。これを事後精算といいます。
事後精算ができるのは、次の計算式を使った場合に支給停止解除月数が1ヶ月以上の場合です。
支給停止解除月数=年金停止月数―失業給付の支給対象となった日数/30日※
※失業給付の支給対象となった日数を30で割った数に1未満の端数が生じる場合は、その端数を1に切り上げ
なお、65歳以上の高齢者が離職した場合、失業給付ではなく高年齢求職者給付金が一括で受け取れます。高年齢求職者給付金は、年金と同時に受給できます。
失業給付を受給していなくても、高年齢雇用継続給付を受給する場合は、老齢厚生年金が一部支給停止になります。詳しく解説します。
高年齢雇用継続給付とは、定年後の再雇用などで給与額が大きく減ってしまった人が受給できる給付金です。
ただし、この高年齢雇用継続給付も、特別支給の老齢厚生年金などの年金を受けている場合は、一部が支給停止になります。
老齢厚生年金と高年齢雇用継続給付を両方受給している場合は、最高で標準報酬月額の6%が支給停止になります。このほか、在職による年金の支給停止もなされます(在職老齢年金)。
60歳で定年を迎えたときの賃金額が35万円であり、定年後すぐに再雇用されたら賃金額が20万円まで減額されたとします。
この場合、高年齢継続給付により3万円(賃金低下率が61%以下の場合、15%を支給。2025年3月末まで)が支給されます。一方で、年金の支給停止額は以下の通りです。
20万円(標準報酬月額)×6%=1万2,000円
高年齢継続給付として3万円が支給されても、年金から1万2,000円が引かれてしまうため、実質、もらえる金額は1万8,000円となります。
※参考:年金と雇用保険の高年齢雇用継続給付との調整(日本年金機構)
先ほど取り上げた高年齢雇用継続給付について、もう少し詳しく対象者や期間を解説します
高年齢雇用継続給付は、賃金が大幅に下がってしまった高年齢者に、賃金の低下の程度によって決められた支給額が支払われる制度です。60歳以降、どうしても賃金が下がってしまいがちな高年齢者の就業意欲を維持喚起することを目的としています。
支給の対象となるのは、雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある、60歳以上65歳未満の人です。60歳到達等時点に比べ、賃金が75%未満に低下したときに支給対象となります。
高年齢雇用継続給付の支給対象期間は、被保険者が60歳に達した月から65歳に達する月までです。もし60歳時点で加入期間を満たしていない場合には、加入期間を満たした月から対象となります。
高年齢雇用継続給付の支給率は、2025年4月1日から法改正により変更されます。2025年3月末日までに60歳の誕生日を迎える人は、各月に支払われた賃金の15%(従来の支給率)を限度として支給されます。一方、2025年4月1日以降に60歳の誕生日を迎える方は、各月に支払われた賃金の10%(変更後の支給率)を限度として支給されます。
【2025年3月末日までの支給率】
※画像出典:Q&A~高年齢雇用継続給付~(厚生労働省)
【2025年4月1日からの支給率】
※画像出典:令和7年4月1日から高年齢雇用継続給付の支給率を変更します(厚生労働省)
賃金減少率が75%以上の人には支給されないことに変わりはありませんが、改正後は受給額がやや低下し、また賃金低下率が64%以下にあっては一律10%の支給となります。
在職老齢年金とは、老齢厚生年金を受給しながら働いている場合に、年金額や給与に応じて年金額が支給停止される制度です。制度名だけを見ると年金を「もらえる制度」のようですが、実際は真逆であるといえます。在職老齢年金の仕組みや計算方法を解説します。
在職老齢年金の対象者は、老齢厚生年金を受け取っており、70歳未満で厚生年金保険に加入している人、70歳以上で厚生年金保険の適用事業所に勤務している人です。
対象者であり、総報酬月額相当額と老齢厚生年金の基本月額の合計額が支給停止調整額を超える場合(※2024年度は50万円)は、支給停止調整額を超えた金額の半分が年金額より支給停止されます。
総報酬月額相当額とは、対象となる月の標準報酬月額と、対象月以前1年間の標準賞与額の合計を12で割った金額を足したものです。
ただし、老齢基礎年金の部分は減額されずに全額が受け取れます。
対象者であり、賃金と年金額の合計額が支給停止調整額を超えている期間は、支給停止期間となります。
68歳のAさんは、毎月老齢厚生年金を15万円受給しており、総報酬月額相当額は40万円です。支給停止調整額を2024年度の50万円とした場合、支給停止となる金額は以下の計算式で算出されます。
(15万円+40万円-50万円)÷2=2万5,000円
以上のように、高齢になると働いてたくさんの報酬をもらっても、年金受給が一部停止してしまう可能性があります。長く働きたいと希望する際は、以下に注意しましょう。
まずは自分が年金をいくら受け取れるのか確認しましょう。すでに受給している場合は、特に老齢厚生年金の部分の金額を把握します。まだ受給していない場合は、公的年金シミュレーターで計算してみます。手元に「ねんきん定期便」を用意して試算すると、より正確な情報が得られます。
失業給付の日額は離職時の年齢と賃金日額※によって決まります。失業給付を受けるか、年金を受給するか迷う人は、あらかじめ失業給付の日額がいくらになるのかざっくりシミュレーションし、年金額と比べてみましょう。以下の表を参考にしてください。
※原則として離職した日の直前6ヶ月間に支払われた賃金(賞与など臨時の賃金及び3ヶ月を超える期間ごとに支払われた賃金は除く。)の合計を180で除して算出した金額
【雇用保険の基本手当日額(2024年8月1日~)】
離職時の年齢が60歳~64歳のとき |
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2,869円以上5,200円未満 |
80% |
2,295円~4,159円 |
5,200円以上11,490円以下 |
80%~45% |
4,160円~5,170円(★) |
11,490円超16,490円以下 |
45% |
5,170円~7,420円 |
16,490円(上限額)超 |
― |
7,420円(上限額) |
★0.8×賃金月額-0.35{(賃金月額-5,200)/6,290}×賃金月額,0.05×賃金月額+4,596円のいずれか低い方の額
参考:
雇用保険の基本手当日額が変更になります ~令和6 年8月1日から~(厚生労働省)
再雇用後や転職後の給与額がある程度分かっていれば、高年齢継続給付や在職老齢年金の対象になるかどうかを計算してみましょう。もしも年金が一部停止になってしまうようであれば、もっと安い賃金で負担の少ない仕事を探してもいいかもしれません。
高齢になっても働くことは体力維持につながり、定年前に続いて規則正しい生活を続けることができます。そして何より、人や社会の役に立っているという実感が得られ、やりがいを持って人生を輝かせることができます。
しかし、働けば働くほどもらえる年金が減るのだとすれば、意欲は低下してしまうでしょう。大事なのは各制度を把握し、「○万円までの仕事をしよう」と自分で賃金の最高ラインを決めることです。仕事のやりがいも、老後のゆったりした生活も満喫して、いつまでも充実した人生を。